【参加報告】今泉港大「Comic-Shelf Vectors: Modeling Comic Affection」2025年8月27〜30日-International Conference on Entertainment Computing (ICEC2025)

はじめに

D2の今泉です.2025年8月27〜30日に日本大学で行われたInternational Conference on Entertainment Computing (ICEC2025)で行った研究発表について報告させていただきます. 「Comic-Shelf Vectors: Modeling Comic Affection」というタイトルで発表しました.

研究概要

本研究では,漫画タイトルに対する感性(affection)をモデル化する手法として,ランキング順に並べられた本棚における漫画タイトルの共起を畳み込むComic-Shelf(CS)ベクトルを提案しました.デジタル化の進展により漫画タイトルが膨大になる中で,従来のジャンルや作者名といった標準化された情報に基づく推薦システムでは,ユーザ個々の感性や経験に合ったタイトルを見つけることが難しくなっています.感性に基づく情報アクセスを実現するためには,漫画作品に対する感性をモデル化する必要があります.そこで本研究では,読者の主観的な評価によって構成された本棚から漫画タイトル間の関係性を抽出し,各タイトルを数値ベクトルとして表現することで,ユーザの感性を反映した新しい情報表現の確立を目指しました.ベクトルマッピング分析の結果,同じ本棚に格納された漫画タイトルのCSベクトルは互いに比較的近い位置にプロットされることが明らかにしました.これは,ベクトル類似度が高いほど,人間の感情的な認識においてより近い漫画であることを示唆しています.さらに,模擬推薦実験では,CSベクトルを用いることで,他の既存手法と比較して参加者の好みにより合致するタイトルを推薦できることが実証され,CSベクトルの有効性が示されました.

提案手法

Comic-Shelf (CS) ベクトルは、読者の感性に基づいて編成された本棚データから、タイトル間の共起を畳み込むことで,漫画タイトルに対する感性を表現します。CSベクトルは以下の手順により作成します.

  1. データ収集:ユーザが任意のテーマに従って本棚を作成できるプラットフォーム「ComicFaves」 から本棚データを取得します。ComicFavesで作成された本棚は,所有者の好みに基づいて1位から5位までのランキング順に配置されています。
  2. 共起行列の導出:本棚上で共に選ばれたタイトルの組み合わせに基づき,共起行列を作成します.
  3. 次元削減:得られた共起行列に主成分分析(PCA)を適用し,各タイトルを低次元の数値ベクトルとして表現します.これをCSベクトルと定義します.

以上の手順を,以下の2種類の共起行列に対してそれぞれ適用します.

  • 非重み付き共起行列: タイトル同士が同じ本棚に含まれた回数のみに基づいて作成します.
  • 重み付き共起行列: 本棚内のランキング差を重みとして反映し,順位が近いタイトル同士ほど強い共起として扱います.

ベクトルマッピング分析

CSベクトルがどのような特徴を抽出できるかを検証するため,ComicFavesで作成された全本棚の漫画タイトルを対象にCSベクトルをマッピングしました.ランキング情報を反映したベクトルと反映していないベクトルを比較することで,感性表現におけるランキングの影響を分析しました. 分析の結果,ランキングの反映有無にかかわらず,同じ本棚に含まれるタイトルは互いに比較的近い位置にプロットされることが確認されました.これは,ベクトル類似度が高いタイトルほど,人間の主観的な感性においてもより類似していることを示唆しています.また,個々のタイトル間の類似性に加えて,本棚のテーマ間の関係性も視覚的に確認されました.一方で,ランキングの重みを反映したベクトルと反映しないベクトルで,最も類似するタイトルのペアが異なるなど,詳細な分析において異なる傾向が見られました.

ランキングの重みを反映していないベクトルのマッピング結果
ランキングの重みを反映したベクトルのマッピング結果

模擬推薦実験

CSベクトルがユーザの感性を適切にモデル化できているかを検証するため,模擬推薦実験を実施しました.実験ではComicFaveで本棚を作ってもらった21人のユーザを対象としました.実験は以下の手順で実施しました.

  1. CSベクトルを用いた手法と,比較手法である協調フィルタリングおよび概要ベース手法のそれぞれについて,参加者が作成した本棚内のタイトルと感性が一致すると考えられる5つのタイトルを推薦する.
  2. 参加者に対し,推薦されたタイトルの中に「すでに読んだことがあり,かつ自身の好みに合致する」と感じる作品があるかを評価してもらう.
  3. 好みに合致したタイトルの割合を精度(Precision)として算出し,各手法の性能を評価する.

実験の結果,ランキング差を反映したCSベクトルを用いた手法は比較手法と比べ,参加者の好みに合致したタイトルを選択していることを明らかにしました.この結果から、ランキングを反映したCSベクトルは、人間の感性をより正確にモデル化していることが示唆されました.また,ベクトル類似度が高いタイトルほど,人間の主観的な感性においても近い関係にあることを示したベクトルマッピング分析の結果を踏まえると,CSベクトルを用いることでユーザの好みに合致する未読タイトルの推薦の可能性も示唆されました.

おわりに

この研究は,ランキング順の本棚における漫画タイトルの共起を畳み込むCSベクトルを提案し,漫画タイトルに対する感性の定量的表現を試みました.ベクトルマッピングおよび模擬推薦の結果,ランキングを反映したCSベクトルを用いることで,参加者の好みに合ったタイトルの推薦が可能であることを明らかにしました.今後の研究では,CSベクトルを用いた「漫画AとBの和は漫画Xである」といったベクトルの加減算操作による直感的な関係表現(分散表現のような操作)が可能かについて検討します.