武内謙晴,山西 良典:登場人物間の関係性とプロセス理解に着目した特殊詐欺事例の表現手法の検討,HCGシンポジウム2025,2025年12月

はじめに

山西研究室M1の武内です。2025年12月10日から12日に福岡県北九州市の北九州コンベンション協会 北九州国際会議場にて開催された「HCGシンポジウム2025」での研究発表について報告いたします。

私は『顔と動作』のセッションにて『登場人物間の関係性とプロセス理解に着目した特殊詐欺事例の表現手法の検討』という表題で発表しました。

研究概要

特殊詐欺は、非対面で複数の人物や組織が関与し、時系列に沿って巧妙に進行する犯罪であり、被害者が全体構造を把握することが難しいという課題があります。本研究では、このような特殊詐欺の特性に対して、「登場人物間の関係性」と「プロセス」に着目した情報整理・表現手法を検討しました。

具体的には、文章による説明に加えて、シーケンス図およびサービスブループリントという2つの既存の表現手法を用い、還付金詐欺の事例を整理・提示しました。そして、提示形式の違いが、理解過程や対策立案にどのような影響を与えるかを、思考発話実験を通じて分析しました。

既存の詐欺事例表現手法の課題

特殊詐欺の被害を防止するためには、詐欺事例に関する知識を増やし、事前に対策を考えておくことが不可欠です。しかし、私たちが現在目にする詐欺事例の多くは、ポスターや文章、4コマ漫画などの形式で表現されています。これらの表現手法は、「特殊詐欺が複数の登場人物によって構成され、時系列の進行に伴って状況が変化する」という特性を十分に反映しているとは言い難いのが現状です。

例えば、文章で記述された詐欺事例では、複数の登場人物が存在しているにもかかわらず、それらが一つの時系列上で線形的に表現されることが多く見られます。また、小説の回想表現のように、実際に起こった出来事の順序と提示順が異なる記述も可能であり、時系列の把握を難しくする要因となっています。さらに、ポスターなどでは、作成者の意図に依存した表現が多く、オレオレ詐欺や還付金詐欺といった表面的な演出に着目した注意喚起に留まっているものも少なくありません。その結果、登場人物同士の関係性や、時系列に伴う状況の変化といった、詐欺の本質的な構造が十分に明記できないと考えられます。そこで本研究では、詐欺の本質的なメカニズムである「登場人物」とその「プロセス(時系列に伴う状況遷移・動き)」に着目し、これらを明確に記述可能な統一的表現の枠組みを用いて、詐欺情報を整理しました。

提案する表現手法

本研究では、特殊詐欺の「複数の登場人物」と「プロセス」を明示的に表現するために、サービス設計やソフトウェア工学で用いられる表現手法を応用しました。

サービスブループリント

サービス設計分野で用いられるサービスブループリントの考え方を応用しました。特殊詐欺は、被害者と詐欺師のやり取りが一度きりで完結するのではなく、複数の段階を経て徐々に被害へと至る点に特徴があります。そこで本研究では、詐欺の実行プロセスを「ターゲット選定」「接触」「信用獲得」「実行」「逃走」という5段階に分けて整理しました。

各段階において、被害者がどのような行動を取っているのか、詐欺師が被害者に対してどのような言動を行っているのか、さらに被害者からは見えない裏側でどのような準備が行われているのかを、それぞれ対応付けて記述しています。これにより、捉えにくい、詐欺師側の行動やプロセスを明示的に分割して表現しました。

また、プロセスごとに情報を分節化することで、「どの段階であれば被害を防げた可能性があるのか」「どの工程が被害拡大の分岐点になっているのか」といった視点での分析や対策検討を行いやすくなります。サービスブループリントは、詐欺を一連の工程として捉え直すことで、構造的・分析的な理解を支援する表現手法と考えられます。

シーケンス図

詐欺師(市役所職員役・年金機構職員役)、被害者、ATM などを登場人物として配置し、時系列に沿った具体的なやり取りを可視化しました。

シーケンス図は、ソフトウェア設計などで用いられる図式であり、複数の主体が時間の経過に沿ってどのように相互作用するかを表現することができます。

本研究では、詐欺師(市役所職員役・年金機構職員役)、被害者などを登場人物として配置し、電話や指示、操作といった具体的なやり取りを、時系列に沿って矢印で表現しました。これにより、詐欺がどの順序で進行しているのか、どんな登場人物がいるのかを明示的に把握できるようになります。

実験

実験結果から、提示形式によって理解の仕方や着目点に違いが見られました。

【文章】

被害発生時の場面や直感的な違和感に基づく対策が多く、現場対応的な思考が中心となる傾向がありました。同情などの発話が確認され、物語として扱われることが確認されました。

【サービスブループリント】

詐欺を工程として捉え、「どの段階で介入できるか」を分析的に考える発話が多く、プロセス単位での構造理解が促進されました。

【シーケンス図】

登場人物間の具体的なやり取りに着目した理解が見られ、関係性やタイミングに基づく対策が挙げられました。

この結果から、表現手法の違いが、理解過程や対策発想の焦点を変化させることが示唆されました。それぞれの手法にはトレードオフが存在するため、詐欺の情報提示をする際は、ユースケースに応じて表現手法を使い分けることで適切に使うことができると示唆されました。

おわりに

本研究では、特殊詐欺事例を対象に、登場人物間の関係性とプロセスに着目した情報整理・表現手法を検討しました。サービスブループリントとシーケンス図を用いることで、詐欺の進行を工程ややり取りの単位で可視化し、文章だけでは把握しにくい構造を捉えることを試みました。実験の結果、表現手法の違いによって理解の仕方や対策の着眼点が変化することが示唆されました。今後は、複数の詐欺事例への適用や、教育・啓発といった用途に応じた表現手法の使い分け、表現手法の洗練を検討し、詐欺理解と被害防止を支援する情報表現の発展を目指します。また、情報の整理を行うことができれば、情報の分類や予測も可能になると考えられます。啓発や議論作成のための情報デザインの作成などを検討します。

感想

「HCGシンポジウム2025」での発表は、非常に貴重な経験となりました。今回で3度目の研究発表となりましたが、発表を通して、自分自身では気づかなかった多くの課題や今後の展望についてご意見を伺うことができ、研究内容や今後の研究の方向性について、より深く考える機会を得ることができました。また、今回は初めてインタラクティブ発表(ポスター発表)にも参加し、多くの方々と活発な議論や意見交換を行うことができました。

最後になりますが、協力応援をしていただいた研究室の諸先輩方、同期には感謝を申し上げます。ありがとうございました。