最近発表した論文を3回に分けてご紹介.いよいよ最終回です。
Episode3
ストーリーを魅力的に伝えるためにはどのような情報を視聴者に提示すれば良いのか?連続ドラマの冒頭で流れる「前回までのあらすじ」は,その代表的な好事例のひとつです.長いストーリーでは,登場人物間の関係を忘れてしまったり,大切な伏線や初期設定などを忘れてしまう可能性があります.連続ドラマの「前回までのあらすじ」ではこれらの情報を効果的に提示することで,内容理解やこれから見るエピソードへの理解を高めていると考えられます.
そこで,人気の海外ドラマを3シーズンごと9作品,全490エピソードの「前回までのあらすじ」を分析してみました.分析の方針としては,初歩的な分析として,「あらすじで使われているセリフが最初に出てきたのは,過去のエピソードのどこか?」を調べてみることにしました.ただし,全く同じセリフが使われた場合だけを対象としているので,セリフが改変されている場合には対応できていません.
その結果,以下のことがわかりました.
- 各シーズン中のエピソードの相対位置によって採用されるセリフの傾向がある
- 固有名詞は複数回,あらすじに採用される傾向がある
- あらすじ中のセリフの出現順序は,本来のストーリー中での出現順序とは異なる
今回は,このうち,3つ目の要素について説明します.
あらすじ,と言いながら,連続ドラマのあらすじは結局ストーリーの内容がよくわからないことが多い気がしませんか?その理由は,「編集」にあります.
あらすじ中に出現したセリフについて,これまでのストーリーの中で本来出現した順序とあらすじの中で出現した順序を比較してみました.比較には,系列の一致度を測るジャロ/ウィンクラー距離を採用しました.単語の文字列の類似性などを算出するのにも使われる指標です.1に近いほど,系列同士は類似しています.ストーリー中で本来出現した順序で出てきていれば,1に近い値が得られるはずです.
表のような結果が得られました.
数値が高いものでも0.85前後で,低いものでは0.63といった数値も確認できます.これは,あらすじの中でセリフが出現する順序はストーリーの中で本来出現する順序と異なる順序で提示されていることを示しています.あらすじを見たとしても,意味がよくわからない理由はここにあったのです.
これから見るエピソードに関連する事例が本来の順序で出てきたら,勘の良い視聴者にとっては「ネタバレ」のようになってしまうかもしれません.例えば,退場したはずのキャラクターが再登場するといったようなときは,匂わせるくらいであれば「こんなキャラクターもいたな」くらいでネタバレにはならないかもしれません.言い換えれば,連続ドラマのあらすじは,これまでのストーリーを振り返るあらすじであるのと同時に,これから見るエピソードに対する「次回予告」のような性質も持っていると考えられます.
海外のミステリー小説を読むとき,名前が覚えられなくて,折に触れて登場人物紹介のページに戻って確認することがあります.1行にも満たないその紹介文を見て,その登場人物を思い出します.地名や場所からの書き出しは,具体的にイメージしやすく,伏線の存在を意識し,読み進める助けになります.
これまで無意識でしたが「前回までのあらすじ」では,人物名などの固有名詞が多く採用されていました.人物像だけでなく,さまざまなセリフを組み合わせ,これまでのストーリーを行ったり来たりしながら,今後のネタバレは避けつつ,思い出させる仕組みです.テレビ番組でCM明けに,CM前の映像をそのまま巻き戻したシーンから再開する ”くどさ” は「前回までのあらすじ」にはありません.それは編集によって,視聴者を楽しませようとする工夫がなされていたからでした.今から始まるドラマに,自分が期待する展開と,裏切られかもしれないという,どんでん返しの存在にハラハラ.数十秒のチラ見せシーンの仕掛けに,すっかり翻弄され,巻き込まれ,本編の一部として楽しんでいたということです.
本研究成果は,「電子書籍における読書状況に応じたストーリー情報呈示システムの開発,日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C),20K12130,研究代表」の支援のもと,以下の研究成果として発表したものの抜粋です.
山西良典,西原陽子: 連続ドラマにおける「これまでの…」の基礎分析, メディアエクスペリエンス・バーチャル環境基礎研究会, 2020年9月8日
WHAT WE DO on July
MEET THE TEAM July
7月15日(木)13時から声優・俳優の堀川りょう氏の講演会を開催しました.テーマは「日本の文化と芸術の未来に向けた声優と人工知能の共創」.卓越した演技力でキャラクターに命を吹き込み,現代の日本のアニメを牽引する声優の1人である堀川りょう氏.後進の声優育成にも力を入れる一方で,多方面でも活躍する.なぜ,堀川りょうの声優育成所は人工知能研究に興味を持つのか?本学の人工知能研究との共同での取り組みも紹介しながら,声優の演技力の秘密と未来への展望について講演いただきました.
「興味を持ってくれてありがとう!」堀川氏の第一声から始まった講演会.会場の空気がぎゅっと引き締まります.地上波からインターネットの時代へ移り,アニメは世界中に広がり,人気を集める一大産業になりました.従来のビジネスモデルは,いつまでも同じでは通用しないことなど,過去から現在をへて,未来に向けた取り組みについて,熱くお話いただきました.養成所やご自身が行ってきたトレーニング方法の一例に仰天.視聴者を惹きつけてやまない,声の秘密のかけらを垣間見ることができました.また,裾野が広がる分野であることがわかる,声優業と技術との関わりについての最新情報や,活発な質疑応答など,刺激的な時間を過ごしました。
Text:エンピツ舎