【参加報告】横井 優:「ボーカロイドと歌手の人気楽曲の歌詞フレーズにおける想起される感情の差異と経年変化の分析」第144回音楽情報科学研究発表会 2025年8月31日~9月2日

はじめに

山西研究室のM2の横井です。2025年8月31日~9月2日に慶應義塾大学で開催された、第144回音楽情報科学研究発表会で行った研究発表について報告いたします。「ボーカロイドと歌手の人気楽曲の歌詞フレーズにおける想起される感情の差異と経年変化の分析」というタイトルで発表しました。

研究概要

歌声合成技術を擬人化したボーカロイドは、歌声合成技術のアプリケーションとしてだけではなく、ヴァーチャルなアーティストとしても広く認識されています。日本では、ボーカロイドが歌う楽曲であるボカロ曲は人間が歌う楽曲である歌手曲と同様に聴取されるようになりました。本研究ではボカロ曲と、歌手曲における歌詞の差異分析を行いました。その中でも、想起される感情の違いと経年変化について着目しました。

本研究の目的は、ボーカロイドが誕生したことが、人間の文化に与えている影響を定量的に明らかにすることです。この点を明らかにするために、人気のボカロ曲と歌手曲の歌詞には想起される感情に違いは存在するのか、想起される感情はどのように経年変化してきたのかという2点に着目をしました。

対象とするデータとして、歌詞を収集し、それらをフレーズに分割し、データセットを構築しました。ボカロ曲は、ニコニコ動画から2008年から2023年までの各年再生回数上位50曲を対象としました。歌手曲は、Billboard JAPAN Charts Year-Endから同じく2008年から2023年までの各年上位最大50曲を対象としました。その結果、ボカロ曲800件と歌手曲796件を対象としました。本研究では、歌詞サイトにおいて空行によって分けられているまとまりを1フレーズとしました。収集した歌詞データを、歌詞サイトに準じて人手でフレーズごとに分割を行い、その結果、ボカロ曲9,933件、歌手曲8,560件のフレーズを分析対象としました。 本研究では、ボカロ曲と歌手曲の歌詞をフレーズ単位で感情分析し、ボカロ曲と歌手曲での想起される感情の分布の差異を検証しました。多言語の事前学習モデルにWRIMEデータセットを追加学習させ、各フレーズに喜び・悲しみ・期待・驚き・怒り・恐れ・嫌悪・信頼の8つの基本感情の強度を付与します。そして、各フレーズの感情分布を元にk-means++を用いてクラスタリングを行います。この流れによって、感情分布を元に歌詞のフレーズをクラスタに分けることができます。さらに、経年に伴った分析によって、ボカロ曲と歌手曲それぞれの想起される感情の分布の変遷についても分析します。経年変化については4年間隔で着目します。

ボカロ曲、歌手曲それぞれでどのような感情を想起させるフレーズが出現するかに着目します。ボカロ曲の方が比較的多く分類された感情分布クラスタは10個ありました。これらの結果から、ボカロ曲のフレーズは悲しみや嫌悪、恐れなどのネガティブな感情を想起させるフレーズが多いことがわかりました。

歌手曲の方が比較的多く分類された感情分布クラスタは5個ありました。これらの結果から、歌手曲のフレーズは期待や喜びといったポジティブな感情を想起させるフレーズが多いことがわかりました。

ボカロ曲の方が比較的多かったクラスタ数よりも、歌手曲の方が比較的多かったクラスタ数の方が少ないという結果になりました。この結果から、ボカロ曲の方が想起させる感情分布の種類が多く、歌手曲の方が想起させる感情分布の種類が少ないことがわかりました。

フレーズごとの感情分布では、経年による変化はあまり見られませんでした。

1楽曲はどのような感情を想起させるフレーズで構成されているかについて着目します。1楽曲内がどの感情分布クラスタで構成されているのかを元に、クラスタリングを行いました。ボカロ曲の方が比較的多かった楽曲クラスタは10個あり、その中でも、6個のクラスタについて見ていきます。ボカロ曲の1楽曲は1つの感情分布クラスタに偏るのではなく、様々な感情分布クラスタで構成されている結果となりました。この結果から、歌手曲に比べて、ボカロ曲の1楽曲は様々な感情分布を想起させるフレーズを用いて構成されていることがわかりました。

歌手曲の方が比較的多かった楽曲クラスタは、5個あります。歌手曲の1楽曲は1つの感情分布クラスタに偏って構成されている結果となりました。この結果から、ボカロ曲に比べて、歌手曲の1楽曲は1つの感情分布を想起させるフレーズを用いて構成されていることがわかりました。

経年による変化は、楽曲クラスタでも見られませんでした。

どのような感情を想起させるフレーズが連続して出現しているかについて着目します。ボカロ曲の連続する感情分布クラスタでよくみられた組み合わせについてみていきます。その中でも、連続するフレーズ間で異なる感情を想起させたものを抜粋してこちらの表に載せています。この様に、反対の感情を想起させるフレーズの連続が多くみられました。また、ボカロ曲の方が歌手曲に比べて出現割合が低いため,歌手曲に比べて連続したフレーズにおける想起させる感情の組み合わせの種類が多いことがわかりました。

歌手曲の連続する感情分布クラスタでよくみられた組み合わせについてみていきます。その中でも、連続するフレーズ間で似た感情を想起させたものを抜粋してこちらの表に載せています。この様に、歌手曲では同じような感情を想起させるフレーズの連続が多くみられました。また、歌手曲の方がボカロ曲に比べて出現割合が高いため,ボカロ曲に比べて連続したフレーズにおける想起させる感情の組み合わせの種類が少ないことがわかりました。

経年による変化は、連続するフレーズでも見られませんでした。

本研究では、ボーカロイドと人間が歌唱する楽曲の歌詞の違いに着目し、それぞれの想起される感情の分布と経年変化を分析しました。今後は、語彙に着目した分析を行い、表現の違いについても着目したいと思います。

おわりに

今回は、昨年も発表させていただいた学会であったため、普段よりも落ち着いて発表することができました。発表後の質疑応答や懇親会では、今後の展望について多くの議論が発生し、とても貴重な時間となりました。今回いただいた意見をもとに、今後の研究に活かしていけたらと考えています。